///日本の三つの階層構造(小熊英二『日本社会のしくみ』)

日本の三つの階層構造(小熊英二『日本社会のしくみ』)

日本社会の三つの生き方の類型についてまとめました。

2017年からブログに書きたいなと思っていた内容。図を作るのが面倒でほったらかしてました。

そもそもは、2017年5月に経産省の若手有志がレポート「不安な個人、立ちすくむ国家」を出した後、11月にジブリの月刊フリー誌『熱風』で、社会学者・作家三名と経産省の20代、30代の若手三名の対談が組まれました。この『熱風』を八重洲ブックセンターの6階で手に入れた後、帰りの電車で読んでいて「ふおおぉぉぉ」と思ったのを覚えています。日本の三つの階層構造、とても面白かった。

その後、『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)が出て、じっくり読んだのですが、これはぶ厚過ぎて誰にでもはおすすめできない(笑)海外の社会との比較、明治から遡って日本の社会のしくみ(慣習の束)がどうやってできあがってきたかを、膨大な文献をもとに解き明かしていますが、相当な文字量、さまざまな事柄が詰め込まれているので簡単にまとめるとかできない(笑)。この図は、第一章のごく一部、座談会で「小熊先生の社会学講座(笑)」と言われていた部分のまとめです。

ざっと概要をつかむには、話し言葉で書かれている『熱風』の座談会はとても読みやすいと思う。それに六人+ジブリの鈴木さんという多様な個性が加わっている分、いろんな意見が聞けますし。
→と思ったら、鈴木敏夫さんのブログにポッドキャストがあるのを発見! 聞いてみます!

日本社会のトータルピクチャー(全体像)

日本社会の構造(生き方の三つの類型)

日本社会の全体像を考えるとき、三つの生き方の類型を考えると分かりやすい。

①大企業型 約26%

大学を出て、大企業や官庁で働く人々。年功序列賃金、終身雇用といった「日本型雇用」が適用される大企業正社員と、その配偶者。厚生年金受給者。
上京によって故郷との結びつきを失い、住んでいる地域のコミュニティとの繋がりも希薄。定年後に何をするかが問題になったりする。
通勤時間が長い、残業が多い、住宅ローンの支払いなどの悩みがある。
基本的には新卒一括採用でしか入れない。
年金、社会保険などの制度の「標準世帯モデル」。
経団連は①で非常に成功した人の集まりなので、①の典型の典型といえる。卒業した大学(ほぼ首都圏)の偏差値が高く、起業や転職の経験がゼロ。そして、もちろん、全員男性。

②地元型 約36% 縮小中

一生、地元から離れない人々。地元の学校を出て、農業を中心とした地元の自営業、建設業などにつく。自治体や町内会、政治家の後援会との結びつきが強い。選挙を動かす。
国民年金は少ないが、持ち家があり、定年に関係なく働き、地元の社会的資本(野菜をもらえるとか)があれば問題なかった。地元の公務員なども②に含まれる。

1960年代までは日本中の多く(7~8割?)が②だったのが、明治からの近代化と高度経済成長でここまで減った。

③残余型 約38% 増加中

①に入れず、②からも浮いている人々。もっとも自由で、不安定性が高い。

日本の社会制度は、1960年代に①と②を前提に作られた(「カイシャ」か「ムラ」への帰属)。③は、①の妻がパートで働きに出るなど他に収入源があるか、絶対数が少ないので、問題にならないと思われてきた。年金や保険は、①、②を前提とした組織を経由している。そのため、③は不利になりやすく、再分配が回って来にくい。

所得はさまざまで、最も格差が大きい③。都市部の非正規雇用で年収が低い人々も多い一方、IT企業の社長なども③に含まれる(ネットやアニメなど転職の多い業界の会社員もここに入る?)
成員がバラバラで中間団体もないので、まとまって政治的な声を上げることがない。

注意点

※①、②、③のパーセンテージは、推定に使った資料がいろいろあるがやはり確実には分からない。それと、「現実の生き方すべてを、この類型で分類することはできない。とはいえ、補助線としては役立つ」。確かに、どちらに入るのか迷うケースもありますよね。

※なお、「世代ではない」。昭和の人生すごろく「正社員になり定年まで勤める」を最後までコンプリートした人は、1950年代生まれでも34%しかいなかった。
実は、①の数は、90年代半ば~2000年代前半の一時期を除くとほぼ一定しており、現在まで変化がない。③が増えたのは、②から移動しているから。なお、なぜ①が日本の「標準家庭」のように思われるようになったかというと、マスメディア(成員はほとんど①)の影響が大きい。

日本社会の構造その2

ということで、どうでしょう? 社会人なら誰でも考えてしまうと思う(笑):

自分は①~③のどれだろうか? 過去はどうだったか? 両親は? 周囲の人たちは、学校で一緒だった彼らは、いまどこにいるだろうか?

自分と自分の周りのことについては、また別記事に書こうかと思います。基本的には父親が①で、自分は③にずっといる感じかな。あと、都心の繁華な土地を持ってる②は最強だよね、とか、いろいろ考えてしまうよね(笑)

「政府は人々がやりたがっていないことをやらせることはできない」

今後の展望だが、これからも③が増えるのは避けられない。それは人生の不安定性が増すということだけど、同時に「選択の自由」が増したことと背中合わせでもある。という、座談会の発言には頷きました。高学歴でも、1のように、一生同じ会社の中で生きるような人生は息苦しくてダメ、という人は相当数いると思う(笑)。
「全員が正社員に、男性の稼ぎだけでも家族を養えるように」というのも現実的ではない、そもそも①は日本全体の三割台を超えたことはないんですから。大企業正社員の職は一定数以上はないのです。

それと、①と②は過去に位置するもので、社会全体が向かう方向性としては、やはり過去には戻れないのかなと。
あの分厚い新書を辛抱して読み通すと、「社会というのはゆっくり、ゆっくりとしか変われないものだなあ」としみじみ思うんです。「メンバーシップ型からジョブ型へ」なんて、簡単なかけ声ですぐ変われるもんじゃない(笑)。そもそもジョブ型というのは企業横断的な基準があってこそだし。そしてやはり、大勢の人が望む方向にしか、結局のところ社会は進めない。座談会での小熊先生の発言が、新書を読んだ後で、じわじわ沁みるんです。

いろいろな歴史を見て私が思うのは、政府は人々がやりたがっていることについては、背中を押して促進させることはできるけど、やりたがっていないことをやらせることはできないということです。(座談会p.45))

ただ、③しか選びようのない環境に生まれた人に、「選択の自由が」と言ったら怒り出すのも理解できる。③から他には行けないですから。高等教育を受けられない貧困家庭に生まれたら、①や③の所得の多い仕事に行くことはやはり随分難しくなる。東京都の2020年の大学進学率は64.7%ですよ(ちなみに、新書を読むと、かつて日本では学歴が「身分」だったことがよく分かる)。もちろん学歴に関係ない稼ぎ方も増えてきたけど、才能がある人は全体の何%なのか。また若い頃は稼げても、人生はその後何十年もある。非正規雇用では40歳になっても50歳になっても給料が上がらない。「人生無理ゲー」という言葉が出てきましたが、あの座談会に雨宮さんが入っていたのは本当に良かったと思います。③の本当にキツい層のリアルは、①からは想像がつかないものなんだ、と。

前述の経産省レポート「不安な個人、立ちすくむ国家」の一番の問題点は、①の周辺しかほぼ見ていなかったということ。それが日本全体かと錯覚するつくりになっていたこと(とはいえ、①の中の①の人たちだし、仕方のないことですが)。

思いやりの心が……

さらに今後の展望。これからも③は増えるのを前提として、社会を設計するしかない。そのためにはまず、組織や団体を通した再配分をやめて、個人を対象にしたほうがいい。③が不利にならないように。ただ、そのぶん政府の人出が必要になりますが。

(ここから先は個人の感想)

だけど、そんなにすぐ変わるかな、とも思うんです。日本の社会はギリギリまで①を、というより、トップ10%の所得の高い層を守ろうとするんじゃないか。そのために周辺の非正規労働者をどれほど搾取してでも。アメリカなどでトップ1%とそれ以外の格差が開いていると言われるけど、日本は独特で、トップ10%とそれ以外の格差が開いている。せめて、③がもっと団結したり、連帯したりして、声を上げられればいいんですが。何といっても、もはや日本社会の最大勢力なんだし。

では、社会の設計が変わるときはくるのか? ①が(ある程度)解体されるときがくるのか?

個人的に思うのは、もしも、もしもですよ、そういう時がくるとしたら、それは第6章のような状況がきたときかもしれません。戦前の職員と職工の身分制度がなくなったときのように。思いやりがあなたの膝を折らせる(bring you to your knees)と言うでしょう。誰もが辛い状況になったとき、多くの人が謙虚になるだろうと思うんです。それまで容認してきた階層構造を手放すことに、膝を屈するときが、もしかしたら将来くるかもしれません。分かりませんが。それでも根強く残る部分はあるだろうし、分厚い新書から学んだように(笑)、すべてはゆっくりと変わっていくのだろうと思いますが。
→追記)でも、今回のコロナで数年早くいろんなことが変わるかもしれないね!

日本社会のしくみ

2021年にこの座談会を読み返して、驚いたことが二つあります。
一つは、官僚の方が本業で成長戦略をつくるときに、「そこでは5年後、10年後のことを考えているわけではなくて、来年の話が中心なんです」というくだり。座談会でも「そういうスパンなんですか。100年後の日本社会とか、そういう話には全然ならない?」と聞かれていますが、うーん。政治家も考えていないみたいだし、誰が100年後の日本社会を考えているんだろう?
もう一つは、鈴木さんが「日本はまだ先進国なの?」と聞いたとき、「え?! 超先進国なんじゃないんですか」と、やはり官僚の方が答えていること。
先進国…! すごい言葉だ…!
ああ、そんなふうに自信を持って言えた2017年。新型コロナの流行から1年半経って今読み返したとき、「すごく時間が経ってしまった」感じが私はしたのでした。

参考文献

『日本社会のしくみ』小熊英二(講談社現代新書)2019
「『不安な個人、立ちすくむ国家を』をめぐって」『熱風』2017年11月号

あと、小熊先生の10分くらいの動画を見つけたので貼っておきまーす。