///本当の望みのための買い物

本当の望みのための買い物

また夢の話です。「スピリチュアル」カテゴリは夢日記にしか使ってないな。

9/20 アイキャッチ画像をジブリに変えてみました! 湖じゃないけど。

「やりがいの場所」に書いた、昔の会社の同僚(いつも最初に配属されたチームが出てくる)の夢、2017年末からしばらく見ていなかったんですが、2020年6月10日にまたちょっと違うかたちで出てきて、面白かったので書いておきます。

六本木の真ん中に湖がある。諏訪湖みたいな。
その湖のほとりに、同僚だった男の子が家を買った、と聞く。
その家は、湖の波打ち際にあって、周囲に何もなくて、静かで、広い水面をずっと眺めていられる家。
もとはホテルの敷地内にある小屋(?)だったらしいけど、使用権だけ買ったらしく、それでもさすがにかなりのお値段。
ホテルの駐車場のレンガの塀に、一カ所、英国みたいな鉄製の扉があって、それをくぐると波打ち際に降りていく階段がある。

……と、ここまではイメージとして伝わってきたが、肝心の家はどんな建物か分からない。昔の同僚の子と「みんなで遊びにいこう」と話しているうちに目が覚める。

夢の中で、その男の子がそれだけの大金をかけてその家を買った、と聞いて、不思議な感慨がある。
その感慨がどういう感情なのか、目が覚めてから考えていたのだけど、こういうことかな……と思うに至った。

自分の本当の望みのための買い物

私たちは働いて、食べ物や服を買う。
車を買い、子どもを育てるための家を買う。

そういう買い物も大事だし、自分の好きなものを選んで、個性を発揮できるわけだけど、ふと感じたのは、それは「社会の中で生きていくために必要な買い物」なんだな、ということ。社会の中で期待されているいろいろな「役割」を生きるために必要な買い物。たとえば、若い女子や男子として社会から期待されているイメージのために多くの人は買い物をするでしょ。母や父というのも「役割」。

「役割」を生きるためには、お金と時間をたくさん使う。勿論それ自体が生きているということで、楽しいんだけど、いろいろとひと段落したときに、社会や他人から離れて、一人で静かに考えてみて、「自分の本当の望みは何だっけ?」、そういうことって多分ありますよね。

夢の中の彼にとっての本当の望みは、「湖をいつも間近に見て暮らす」だったんだ、というのが、すごく感慨深くて。

それは一文にもならないことだし、他人には理解されないこと、ひょっとしてあまり意味もないかもしれないけど、でも、それが本当の望みだったら、そのために大金をはたいて買い物をする。自分の本心からの望みのために、高価な買い物を。私たち、そういう年齢になったんだな、ということに、感心したのでした。

あ、もちろん現実のその子とは全然違いますが!!!
(彼らはむしろ今、「役割」を生きる真っ最中の年齢である)

別のたとえだと、家族がいる間はワゴン車に乗っていたけど、子どもたちが独り立ちして、ずっと欲しかった2シーターの車を買った、とか。ただし、車は「人に見せる」「ステイタス」な部分が入っているので、意味のない望み、というわけではなさそうだけど。

それじゃ、年齢が若くても、趣味に使っているお金はどうなんだ、ということですが。

私の考えでは、もちろんそれは、「自分の本当の望み」に繋がっている。

というより、服でもバッグでも家でも、自分がいいと思って選んだものは、ぜーーんぶ、そういうもの(自分の理想のような)に繋がっていくんだけど……ただ、やっぱり、社会から期待されているイメージの影響は大きいんじゃないか、と。

いわゆる「趣味」にお金を使っていても、社会の影響を受けていることはあるかもしれないな、と思います。好きで始めたことが、義務になったりとか。SNSをやっていると時々そう感じます。もちろんそれでもいいけど。何をやったって楽しいならいいんですが。難しいな、もう。話がそれました。

・・・・。

社会から完全に離れて、周りにだ~~れもいない、期待されている役割も一切ない、となったら、そのとき自分が望むことって何ですか? (私は何だろう???)

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